2016年6月26日日曜日

みんな違って、みんないい!

牧師 山口 雅弘

  7月10日(日)の参議院選挙が近づいてきた。今回の選挙は、歴史的な選挙になるであろう。
第一に、有権者が18歳以上になったことである。若い人たちが社会や政治に関心を持ち、日本の未来をつくる一歩になることを願いたい。

  第二に、今回の選挙は、「憲法を生かすか殺すか」、その岐路になる選挙になると言えよう。現政権が、「憲法改正」に必要な3分の2以上の議席を獲得しようとしているが、そうなれば、今まで以上に「非核三原則」がなし崩しにされ、「海外への武器輸出」が促進されることになる。何よりも、海外派兵を可能にして戦争への道を拓いてしまう、まさに危機に立たされている。

  憲法13条は、個人の尊重と幸福追求権が、国民一人一人にあることを明言する。この条項の精神には、「みんなが違っていて、みんないい」という多様性の尊重と国民に主権があるという主張が明文化されている。

  また憲法9条は、戦争の放棄、平和を作り出す者としての生き方が示されている。憲法前文にも、「平和的生存権」を確立することが明示される。これらの条項の精神にも、「みんな違っていても」、望むことは「平和」であることが示されている。「憲法」にこのことが明示されていることは、世界のどの「憲法や法律」にも見られないほど誇れるものと言ってよい。

  問題は、社会や政治の問題に無自覚・無意識・無関心になり、憲法が「改悪」されることである。先の衆議院選挙では、私たちの未来を決める大切な選挙を棄権した人が有権者の47.35%もいたと言われる。「どうせ、投票に行ったとしても何も変わらない」と思う人が多いのかも知れない。
しかし、現政権に投票した人の何倍もの棄権した人が、与えられている権利としての選挙に行けば、日本の未来は変わり得る。

「みんな違って、みんないい」、平和を形づくる者として生きていきたい。

2016年5月29日日曜日

未来への眼差しー沖縄の願い

牧師 山口 雅弘

   どれほど苦しいこと、悲惨なことがあっても、未来への眼差し、希望を失ってはならない。その思いと意志を強く持ちたい。

  今年3月に、日本国家から切り捨てられているとしか思えない沖縄で、「再び」アメリカ兵から性的暴力を受けた女性の事件が起きた。また先日、元アメリカ海兵隊員で軍属として沖縄の基地で働く人によって、女性が殺され遺棄される事件が起きた。「もういい加減にしてほしい!基地があるために…」という思いを、沖縄の人の誰もが持っているであろう。

  2008年に、沖縄に行ったことを思い起こす。小雨が降り、風の冷たい辺野古の海を眺め、色々なことを考えさせられた。沖縄の様々な現場に立ち、その場の空気を吸い、人々と語り合う機会を得た。その前後にも、何度か沖縄を訪れたが、行く度ごとに沖縄の厳しい現実に心痛み、沖縄の現実を風化させてはならないという思いを与えられている。

  沖縄では、様々な夢や希望、また多くの可能性を持つ女性たちの人生が奪われ、殺されていく悲劇が繰り返されている。その現実の中で、アメリカ軍の最高司令官や要人、さらに日本の首相や政治家たちも、「悲劇が繰り返されないように・・・」云々と決まり文句を繰り返していることに、沖縄の人々は「チム・グリサ」、「肝が引き千切られるような痛み苦しみ」を日常的に抱えているであろう。

  原因ははっきりしている。沖縄に集中して米軍基地があるからだ。沖縄以外にも基地があり、性的暴力や殺戮が起きているのも確かである。これらの基地が、ベトナム戦争、アフガンやイラクなどの戦争への発進基地になってきた。また、基地を撤廃すると、とりわけ沖縄では深刻な就職難が起きるという苦渋に満ちた問題を抱えている。

  しかし、沖縄の一等地にある基地を平和利用や観光の場に用いるなど、知恵を集め努力して問題を解決しようとする、その「希望」を持つ人々も少なくない。未来への眼差し、希望を持つ人がいる限り、必ず願いや平和が少しずつ実現する、このことを私たちも信じて生きていきたい。

 沖縄は、琉球王国時代はもとより、「武器」を持たない「平和を造り出す人々」の生きる場であった。現在、その沖縄に戦争のすべての武器が集中して存在する。しかし私たちは、沖縄の現実を忘れずに、「平和を造り出す人は幸いである」とのイエスの語りかけを聴き、それぞれの場で「平和を造り出す人」として、未来への眼差し、希望を持ち、「今」を生きていきたい。

2016年5月8日日曜日

ペンテコステ・教会創立記念礼拝を前に

牧師 山口 雅弘


   次週はペンテコステ・教会創立記念礼拝を迎える。ペンテコステは「聖霊降臨日」とも呼ばれ、神の働きとしての「聖霊」により「教会」が地上に誕生したことを記念する日である。稲城教会もまた、1949年6月のペンテコステ近くに「伝道所」として日本キリスト教団の認可を受け設立された。しかし、それ以前に、満州から帰国した数名の方々を中心に、何年もの間、礼拝をささげられてきた歴史があることを忘れてはならない。少しでも多くの人が「教会」に集い、共に礼拝をささげることができるように、「一人が一人を誘う」働きをし、篤い祈りがあったことを心に留めたい。その祈りと働きがあってこそ、「教会」として産声をあげたのである。

  それ以来、数字では計ることのできない、教会に連なる多くの方々の人生が、教会の歩みと共にあったと思う。教会の歴史を目に見えない所で支える人々によって、教会のドラマは繰り広げられてきたのであろう。今、稲城教会は、変動する社会と歴史の中で、何を大切なものとして受け継ぎ、何を変え、何を生み出していくのであろうか。

  時は移り、人は変わる。しかし、決して変わることのない神の愛とイエス・キリストの福音に生かされている「私たち」であることを受けとめたい。

  稲城教会は、これまでもいくたびかの転機を経験してきたであろう。試行錯誤はこれからも続く。しかし、移ろい易い社会と歴史、また人の思わくがうごめく現実にもかかわらず、この社会の中で、人を打ちのめす暴力、また悪しき力と闘い、「いと小さき者」を生かす神の愛とイエス・キリストを宣べ伝えることができるように祈り求めたい。

  私たちは、教会に連なる方々の祈りと働き、また尊い「献金」をささげることによって素晴らしい「教会堂」を与えられている。稲城の地に建てられている教会が、神の愛とイエスの福音を宣べ伝える「宣教の器」として用いられるように願ってやまない。

  教会の歴史は、歴代の牧師や役員によってのみ形作られてきたのではない。その方々の祈りと働きがあって、教会の歩みは豊かにされてきたことは確かである。同時に私は、「公の歴史」に留められることの少ない人々、歴史の背後に隠され、見えにくくされていく人々への思いを熱くしている。その人々が教会を支え、献身のしるしとして「献金」をささげ、歴史を形成してきたのである。こうして、教会を支え、教会を形づくる方々が、神によって育てられる教会の歴史の主人公なのであろう。このことを忘れたくない。

2016年5月1日日曜日

憲法記念日を覚えて

牧師 山口 雅弘


    今年も全国各地で「憲法記念日」の集会が開かれるであろう。憲法が改悪され、9条さえ変えられようとする「危機」的状況にあり、「戦争関連法案」が次第に戦争への道を拓いていくことを思わざるを得ない。しかし、私たちはまた、日常生活において、その「危機感」を持たずに日々を過ごしてしまえる、このことも恐ろしいことである。

   現憲法を守ることは、戦争放棄と一人一人の生命と人権を守ることに深く関わる。過去の歴史に学び、記憶し続けなければ、再び日本のみならずアジア諸国の人々、また生きとし生けるものの命を奪うことになろう。

   幕末の一大変動期に大きな役割を果たした一人に勝海舟という人がいた。彼についての歴史的評価は色々あろうが、彼の語録集の『氷川清和』は興味深い。文庫本にまとめられているので、簡単に手にすることができる。それを読むと、勝海舟は、実に明確なものの見方を持っていたことに驚かされる。「徳川に代わるものは薩摩か長州か」という、言ってみれば仇討ち的な「私闘」になりかねないものを、彼はできる限り「公的」なものに高めようとしている。彼にとって「公」とは、どうすれば国民一人一人の益になるかということだったように思う。

   もし、そのような判断が無ければ、あの江戸城の無血明け渡しなどということはできなかったであろう。そのために海舟は恨まれ、「腰抜け」「イヌ」などと悪口を浴びせられたと聞く。しかし、国民の益と生命の尊厳をひたすら考え、「公人」として生きようとした彼は、その点で歴史を作った政治家の一人であったと言えるだろう。今の「政治屋」とは大違いの感がある。

   アメリカの「小イヌ」と皮肉られる歴代の首相、また政治家たちはどうだろうか。かつて「公人」として福田首相が公用車で靖国神社を参拝して以来、歴代の首相や大臣、政治家たちが靖国神社を参拝してきた。このことは、やがて天皇や自衛隊員の参拝の道を開くであろう。莫大な防衛費、元号法制化、「日の丸・君が代」を踏絵にした教育界への閉めつけなど、いつの日か戦前・戦中のような「国民の益」を忘れた、日本人のみならずアジア諸国の人々に犠牲を強いる「国家」の一人歩きをゆるしてしまうと思えてならない。

   さらに今、「共謀罪」という法律が刑法の一部を改正する形で復活する手順が整えられているという。「共謀罪」は、戦前の思想弾圧に使われた治安維持法の再来を思わせる恐ろしいものである。

   このようなことを見過ごせないのは、どこまでも一人一人の生命と人権を守り、愛し続けたイエスの歩みを踏みしめて行きたいからである。また、各地のキリスト者や様々なグループが、思想・政治的立場や宗教などの違いを超えて、「不断の努力によって」憲法を守る意思表明をしていきたい。

2016年4月24日日曜日

我、山に向かいて目を上げ

牧師 山口 雅弘


  熊本・大分における大地震によって、多くの尊い命が失われた。被災者は、今も不安の日々を過ごしていて、その苦しみは私たちの想像を絶する。また、報道によって「原発は大丈夫」と言われるが、原発の専門家でない私たちにもその危険性は大きいと察知できる。現に、「公共放送」では報道されない地震学者や原発の専門家の報告によると、かなり「危険」だと指摘されている。なぜ報道されないのだろうか? 地震大国の日本、しかも至る所に活断層が走る日本において、そもそも原発を設置する「安全」な場所はないと思えてならない。

  今も続く地震に加え、雨による土石流や山崩れに対して、人間の力はあまりにも小さすぎる。とりわけ、山々に囲まれる被災者は、どのような思いをもって「山に向かいて目を上げ」るのであろうか。

  大地震の過酷な経験の最中において、詩篇121篇を思い起こした。そこには、「目を上げて、私は山々を仰ぐ。私の助けはどこから来るのか。…」と語られている。この詩人は、何を思い、どこから山を見上げているのであろうか。そこで気づかされることは、詩人はまさに人の行き交う所、社会の闇と不条理が満ち溢れ、哀しみと痛み、疲れと無気力、また孤独を抱える人々の中でこそ、この詩篇を読んだということである。

  「山」は、色々な象徴として語られてきた。「動かざること山の如し」ではないが、不動の重量感と静けさが山にあると言えよう。同時に、山は天候に翻弄され、自然の猛威を人に与える場でもある。従って、修行の場になり、人間の小ささと弱さを思い知らされる場である。また、朝夕の山の表情によって、心洗われる所でもあろう。かくして山は、霊山の神秘の中に「入る」場であり、道を求め、悟りを開き、開祖のもとに寺院が建てられてきたのも頷ける。

  しかし、山と一体になった寺院の中で営む生活は、出家してそこに「入る」ことはできても、そこから「出て」行く必然性があるのだろうか。托鉢に出て行くのも、再び山に「入る」ことを前提にしている。出家してそこに「入る」人が、そこで悟りと平安を得るのはよいが、悩み苦しみ、人間関係のしがらみ、政治経済のきしみや構造的な悪の中で生きる人はどうすればよいのか。

  イエスは、山々が続く荒野から村々に「出て」、人の生きる中で「神の愛と平和」の実現のために生きた人である。私たちは、山々に目を上げ神に助けを求めながら、生の人間が生きる中で「神の愛と平和」をもたらすイエスに「希望」を見出すことができるのであろう。

2016年4月17日日曜日

心は内に燃えたではないか

牧師 山口 雅弘


  キリスト教は、大きな挫折と権力による「敗北」から始まったと言ってよい。イエスは、「神の愛」と「神の国の福音」を宣べ伝えた。そして、すべての人は違いを持ちつつ、平等で対等な者として「尊い命と人生」を与えられ、生かされていることを示した。とりわけ弱く小さくされた人々は、「互いに愛し合う世界」において新しく生きる生命を与えられ、人生の道を拓かれていった。

   しかし、イエスは十字架につけられ、殺された。イエスと共に歩む人々は、挫折と敗北の哀しみを背負って生きざるを得なかった。とどのつまり、権力による暴力の勝利であるかのように見えた。十字架による処刑を前に、イエスに背を向けた弟子たちの「負い目」、イエスを失って落胆する弟子たちの姿、また希望を失って散りじりになっていく現実を、聖書は包み隠さずに語っている。

  その時、エマオに旅する二人の弟子は、道ずれの人によって「聖書全体にわたり、…説き明かされて」、それが復活のイエスであったことを「理解・認識した」とルカ福音書は語る(24章、他)。つまり、聖書の語りかけ(メッセージ)を通して、復活のイエスとの実存的な「出会い」を与えられたと聖書は語るのである。

   弟子たちは、「聖書の解き明かし」を聞くことを通して、イエスの出来事を思い巡らし、イエスの壮絶な死と自分自身を見つめ直していた。そこで、イエスの愛を深く想い起こし、「互いに心が内に燃える」経験を与えられたのであった。

   次週の礼拝後に、稲城教会の総会を予定している。「教会総会」と言えば肩苦しく感じ、気後れする人も少なくないだろう。教会がこの世の組織であるからには、宣教や諸活動の反省と展望、経済的「運営」のことを検討しなければならない。さらに、教会の歩みの不確かさや不足を思わざるを得ない。

   けれども教会総会では、教会に集うすべての人が、不確かさや弱さの中で「聖書のメッセージ」を聞き、祈りをもって新年度に向かって歩み出すことを大切にしたい。「礼拝」をささげることを中心に、奇をてらった実践だけを求めるのではない。イエス・キリストに支えられてこそ教会の歩みがあることを互いに「認め」、「互いの心が内に燃える」経験を分かち合う出発の時にしたいと心から願う。
神への感謝と祈りがある所に、どのような困難があろうとも、共にいるイエスに応える歩みと希望が与えられる。これは確かである。

2016年3月20日日曜日

未来への希望: 『夜明け』

牧師 山口 雅弘



イエスの受難を思いめぐらしていて、ナチス・ドイツによる受難者の一人を思い起こした。エリ・ヴィゼールである。彼は、ハンガリーで正統派ユダヤ人の家庭に生まれ、1944年に強制収容所に入れられた。両親の生命は奪われ、1945年、このユダヤ人少年はアウシュヴィツの地獄から奇跡的に生きて帰ることができた。少年は大人に成長し、作家になった。しかし、何年もの間、アウシュビッツの地獄を書くことはできなかったという。

  彼が収容所に入れられた時は16歳足らずであった。彼が、あの惨劇の炎の中を生き延びた事実だけでも驚きである。彼はその辛い経験を見つめなおし、必至に「未来」に向かって生きようとした。そして、苦闘の末に地獄の経験を記録として一冊の本に書き上げた。それが、『夜』という本である。辛くても現実を記憶し、未来に向けて生きるために、血を振り絞るような激白として描いたと言ってよいだろう。

  ナチス・ドイツが人間を家畜以下に扱い、ガス室に入れる中で、彼は叫び続ける。「神よ、人間をいつ人間にして下さるのですか」と。

  ヴィゼ―ルはその後、『夜明け』という小説を発表した。これはフィクション(虚構)であるが、あの極限状況を生きた彼は、自分の分身として主人公を描き、あるイギリスの将校を殺すという立場に身を置く。つまり、殺されていく者から、人を殺す側に自分を置くのである。イギリス人将校を殺す理由は何もない。しかし、処刑しなければならない。彼は苦しみ抜き、再び、「神よ、人間をいつ人間にして下さるのですか」と問うのである。

  翻訳者の解説は、彼が「神に」問うている根本的な所を見落としていると私は思う。この本は、文学として人間のギリギリのところを描いているが、作者がここで「神に」問いかけ、そのことをこそ問題にしていることが大切なのであろう。

 人間の現実を問いつめるのに、作者は、殺す・殺されることを問題にしている。そのことは、見方を変えれば、「人間は人間を本当に愛することができるのか」、愛し合う関係の中で「生きる」ことができるのか、という問いでもある。ここに、作者と神との必死の関係があり、神への問いがあるのではないだろうか。「神よ、人間をいつ人間にして下さるのですか」と。

 同時にまた、「神」に必死に問いかけることが「できる」、そこに「今」を生き、「夜明け」の希望があることも知らされる。