2018年3月4日日曜日

『わが涙よ わが歌となれ』

2018年3月4日 受難節第三 牧師 山口 雅弘

受難節を迎え、『わが涙よ わが歌となれ』(新教出版 1979年)を思い起こした。夫から肺がんあることを知らされた原崎百子さんという人の日記をまとめた本である。病気を告知した夫に対して、彼女はこう言ったそうだ。「ありがとう、ありがとう。よく話して下さったわね。可愛そうに さぞ辛かったでしょうね…」と。
百子さんは日記帳を二冊買ってきてもらい、48歳で亡くなるまでの45日間のことを記し続けた。彼女は、病気の苦しみと闘いながらも明るく振舞い、務めて笑顔を絶やさない日々を過ごしたそうだ。自分の死を見つめ、神に与えられている生命を生きようとする、神の愛に生かされた人の証しと言えるであろう。
彼女は決して特別の人ではないと思う。癌であることを知らされ、4人の幼児を残して死を迎えなければならない不条理の苦しみに突き落とされ、人目をはばかることなく涙を流さざるを得なかった。それでも彼女は、精一杯に神に向き合い、自分の一日一日の人生を大切に生きようとした。
その死の様も、平安から程遠く見えたという。夫が次のように言っている。「突然 “神様!助けて下さい。この苦しみから救って下さい。まだ苦しみが足りませんか!” と叫ぶ。… 夜になり、…正真正銘の臨終の苦しみが始まった。… 妻は声も出ず、最後の最後になった彼女の意志表示は… 指先であったが、私と妻との間にだけ通用する暗号で “イルド”(Ich liebe dich.「愛しています」)と告げた。私も彼女の掌に “イルド”と書き返した。その瞬間だった。彼女は激しく痙攣し、以後約二時間… 苦しみ…、最後の部分を闘い通した…」。
原崎百子さんは歩けなくなり、礼拝に行けなくなった日曜日に、このような詩を書いている。
わがうめきよ、わが讃美の歌となれ
わが苦しい息よ、わが信仰の告白となれ わが涙よ、わが歌となれ
主をほめまつるわが歌となれ … …

彼女は自分の死をみつめて苦悩し、叫び、自分の限界を知らされて打ちのめされている。しかし、そこで神を見上げ、弱さをもったまま神を信じて生き、また生きて最後を迎えた。
イエスの十字架の苦しみと死を見つめる受難節のこの時、信仰の先達者に連なり、自分に与えられている生命と人生を自分なりに生きようという思いを新たにさせられる。